遺言、遺留分と遺言執行


 これまで記事において相続人の範囲と遺産分割協議による遺産分割について説明してきました。この記事では遺言による遺産分割について説明します。遺言には三方式があり、それぞれにメリットとデメリットがあること、及びそれらの方式に共通する特徴を説明します。

遺言制度の特徴

 遺言は、自分の財産を自分が望むような分け方で死後に分配するための制度と言えます。15歳以上の人は、遺言をすることができます。遺言は、遺言をするときにその能力を有していれば遺言を作成することができます。
 遺言をするには、幾つかの決まりがあり、これらの決まりを満たしていない遺言は無効になります。一般に用いられる遺言の方式には三種類がありますが、これらに共通のルールとして「共同遺言の禁止」というものがあります。これは、一通の遺言証書には一人分の遺言しか記載できないというルールです。例えば、夫婦連名の遺言を一通の証書で済ますことはできません。

遺言でできること

 遺言によって次の行為をすることができます。

  • 遺言者の死後の遺産分割又は相続分の指定
  • 遺贈
  • 相続人の廃除又は廃除の取消し
  • 子の認知
  • 遺産分割の禁止
  • 担保責任の(分担の)指定
  • 祭祀承継者の指定
  • 遺言執行者の指定又は指定の委託

 近親者以外の成年後見人や未成年後見人の利益になるような遺言は無効です。

遺言のメリットとデメリット

メリット

  • 相続手続きの負担を相続人のために軽減できる
  • 遺言をしないことによる相続人間での遺産を巡るトラブルを予防できる
  • 相続人以外の大事に思う存在に財産を遺せる

  等

デメリット

  • 遺言で財産の受取人に指定された相続人は、財産の受け取りを拒否できる
  • 相続人間で遺留分を巡る争いが生じ得る
  • 共同相続人と受遺者の全員が合意すれば遺言の内容とは異なった方式で遺産を分割できる

  等

遺言の方式

自筆証書遺言

 自筆証書遺言とは、遺言者が、その全文、日付、及び氏名を自書し、押印して作成する方式の遺言です。この方式の遺言をワープロ等で作成することは許されていません。これは、筆跡によってその証書が確かに遺言者によって作成されたものであることを証明するためです。
 遺言者は、作成した遺言証書を自分で保管することができ、特定の法務局において管理保管してもらうこともできます。法務局に自筆証書遺言を保管する際に通知制度の利用を選択すると、遺言者の死亡時に自筆証書遺言が指定した人物の元へ届きます。

公正証書遺言

 公正証書遺言とは、遺言者が遺言の内容を公証人に口頭で伝え、公証人がその内容を筆記し、遺言者及び二名以上の証人が自署押印して作成する方式の遺言です。障害のために口頭で伝えることができない人については、手話通訳者を介して又は自書によって公証人に遺言書の内容を伝えることになります。最後に公証人が署名押印して公正証書の形式にすることで公正証書遺言が完成します。
 公正証書遺言の正本は公証役場で保管され、公正証書遺言の謄本が遺言者本人に交付されます。

秘密証書遺言

 秘密証書遺言とは、遺言者が遺言を記載、署名押印し、これを封書に入れ、遺言書に押印したものと同一の印で封印し、これを公証人一人と証人二人以上の前に提出し、公証人と共に所定の手続きを行うことで作成する方式の遺言をいいます。自筆証書遺言と異なり、遺言書の内容をワープロで作成することも可能です。このように、秘密証書遺言は、自筆証書遺言と公正証書遺言の性質を併せ持った遺言と考えられますが、中途半端な制度と考えられているのか、実際に秘密証書遺言の方式で遺言を作成する例は少ないようです。

財産目録について

 遺言証書には相続財産の目録を添付することができます。財産目録はワープロで作成されたものであってよく、自署押印してこれを遺言証書に添付します。

遺言の撤回・変更

 遺言者は、遺言の作成後、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができます。
 自筆証書遺言の場合、遺言を一部撤回し、これを変更する場合、その変更箇所を指示し、変更した旨を付記してこれに署名をし、さらに変更した場所に押印をすると変更が有効になります。
 新しい遺言を適格に作成することで古い遺言は法的に無効になります。法務局に預けた自筆証書遺言を撤回し、これを変更する場合では、法務局に遺言の保管申請の撤回手続をして撤回を行います。公正証書遺言を撤回し、これを変更する場合では、公証役場で公正証書遺言の撤回の申述をして撤回を行います。その後、それぞれの遺言の方式に従って、新しい遺言についてそれぞれの手続を行います。

遺言の効力の発生時期

 遺言は、法定の方式に従って作成したときに成立しますが、その効力は遺言者が死亡したときに生じます。自筆証書遺言方式の遺言者が死亡したとき、自筆証書遺言の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく家庭裁判所に遺言書を提出して家庭裁判所による検認を受けなくてはなりません。検認手続きを経ずに遺言の執行を行った場合、過料に処せられます。ただし、上で述べた自筆証書遺言の法務局による保管制度を利用した場合、検認手続きを省くことができます。
 秘密証書遺言方式の遺言も検認手続きを必要としますが、秘密証書遺言は、法務局による遺言保管制度の対象とされていません。
 公正証書遺言方式で遺言をした場合、検認手続きを必要とせず、さらに、遺言の原本が公証役場に保管されます。

 

 各遺言方式の詳細を知りたい方は、リンク先の記事をご覧ください。

遺贈で相続人以外に財産を遺す

 遺贈とは、遺言する者(遺言者)が遺言により他人に自分の財産の一部又は全部を贈与することをいいます。遺言者は、遺言の中で当然に自己の財産の分割について指定をすることができますが、同じ遺言書の中で相続人に対する指定と相続人以外の者(受遺者)に対する指定をすることができます。例えば、孫に財産の一部を与えたい場合、その孫が代襲相続人でなければ、遺贈することになります(代襲相続人であれば相続になる)。また、特別寄与者に財産の一部を与える場合も遺贈を用いることになります。

不動産の遺贈

 遺贈には注意も必要です。遺贈という形での譲渡された財産の中に不動産がある場合、その不動産に対して相続税に加えて登録免許税及び不動産取得税の両方が課税されます。この不動産を相続により受け継いだ相続人と遺贈により受け継いだ相続人以外との間では登録免許税の税率が異なりますし、下で説明する特定遺贈により不動産を受け継いだ場合ではその不動産に不動産取得税がかかります。

 

 相続時に不動産にかかる税金についてさらに詳しく知りたい方は、リンク先の記事をご覧ください。

特定遺贈と包括遺贈の違い

 遺贈の方式としては具体的な財産名を挙げて遺贈する「特定遺贈」、及び具体的な割合を挙げて遺贈する「包括遺贈」が挙げられます。「包括遺贈」の受遺者は、相続が発生したら相続人と共に遺産分割について協議しなくてはなりませんし、負の財産を引き受ける可能性もあります。そのため、包括遺贈の受遺者は相続人と同様に遺贈を承認・放棄する権利を有します。

遺贈の放棄

 包括遺贈の放棄は、相続の開始があったことを知ってから3か月以内に家庭裁判所に申述書を提出して行います。「特定遺贈」の受遺者も同様に遺贈の承認・放棄する権利を有していますが、相続人及び包括遺贈の受遺者と異なり、特定遺贈の放棄は、家庭裁判所を介することを要せず、遺言執行者又は他の相続人に意思表示して行います。

遺言書に記載されていない財産がある場合

 遺言書に記載されていない被相続人の財産があっても遺言書は有効です。遺言書に記載されていない被相続人の財産は、遺産分割協議を経て分割されることになります。

遺留分

 「遺留分」は、被相続人の兄弟姉妹以外の法定相続人に保証されている最低限の相続分です。遺言を作成する際は、遺留分を考慮することが大事です。

遺留分権利者

 遺留分権利者は、被相続人の①配偶者、②子とその代襲相続人、及び③直系尊属(「被相続人」の親、祖父母)です。被相続人の兄弟姉妹は遺留分権利者から除外されている代わりに被相続人の兄弟姉妹を相続人から廃除することができないようになっています。

遺留分の割合

 各相続人の遺留分の割合(個別的遺留分)は、総体的遺留分と各相続人の相続分の割合から決定されます。総体的遺留分は、①直系尊属のみが相続人である場合の1/3と②それ以外の場合の1/2の二通りがあります。個別的遺留分は、これらの割合に各相続人の相続分の割合を乗じることで決まります。

遺留分侵害額請求

 遺留分権者は、自己の遺留分に満たない額が遺言で指定されているか、又は遺産分割協議で決定された場合、遺留分侵害額に相当する金額について遺留分侵害額請求権を有することになります。
 遺留分権者にはもちろん遺留分侵害額請求権がありますが、必ず請求権を行使しなければならないというものではありません。遺留分侵害額請求権の行使は、①相手方に意思表示をして(遺産分割協議とは別の)協議を求め、②協議で解決しない場合は内容証明郵便等で意思表示し、③それでも解決しない場合は、家庭裁判所に調停の申立てをします。
 遺留分侵害額請求権は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与若しくは遺贈があったことを知ってから1年、又は相続の開始から10年を経過すると時効で消滅します。

 

 遺留分についてさらに詳しく知りたい方は、リンク先の記事をご覧ください。

遺言者の死後にする手続き

自筆証書遺言の場合

 自筆証書遺言保管制度を利用した場合、法務局から遺言書の写し(遺言書情報)を取り寄せる。
必要書類

  • 交付請求書
  • 「法定相続情報一覧図」又は遺言者の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本
  • 相続人全員の戸籍謄本
  • 相続人全員の住民票の写し
  • 有効期限内の顔写真付き公的身分証明書
  • 手数料

 自筆証書遺言保管制度には、遺言者の希望時にのみ、遺言者の死亡時に指定相続人に遺言書の存在を通知する指定相続人通知制度がある。さらに、相続人の一人が遺言書の閲覧や写しの交付を請求すると全ての相続人に通知が行くようになっています。

公正証書遺言の場合

 遺言書を作成した公証役場において謄本を請求する。
必要書類

  • 遺言者の死亡がわかる除籍謄本
  • 遺言者と請求者との間の関係がわかる戸籍謄本
  • 請求者の3か月以内に発行された印鑑証明書及び実印、又は有効期限内の顔写真付き公的身分証明書

 公正証書遺言制度には通知制度はありません。以上のものを請求先に提出して遺言書を手に入れます。

遺言執行者

 遺言の内容を執行する者を遺言執行者といいます。未成年者と破産者は遺言執行者に就任できませんが、相続人であっても遺言執行者になることができ、遺言執行者が法人であっても問題ありません。また、遺言執行者が複数であってもよく、その場合では遺言執行者の過半数で遺言の執行を決します。

遺言執行者の就任まで

 遺言者は、遺言で遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができます。
 家庭裁判所は、遺言執行者が遺言で指定されていないとき、又は遺言執行者がいなくなったときに利害関係者(相続人等)の請求によって新たな遺言執行者を選任することができます。
 遺言執行者は就任後に相続人に遺言の内容を遅滞なく通知します。

遺言執行者の権限と義務

 遺言執行者は、遺言の内容の通知に加え、相続財産の目録を遅滞なく作成して相続人に交付します。遺言執行者は、公証人に相続財産目録を作らせることもできます。
 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します。例えば、被相続人の有していた銀行口座の解約や、証券口座の証券の名義変更などを行うことができます。また、遺贈の履行は、遺言執行者がいる場合には遺言執行者のみが行うことができます。遺言執行者がいない場合には、相続人が遺贈義務者になります。
 遺言執行者は、相続人の請求がある場合には相続人を立ち会わせて相続財産目録を作成し、遺言執行の状況を報告します。

特定財産に関する遺言の執行

 特定の遺産を共同相続人のうちの特定の者に相続させる遺言を特定財産承継遺言といいます。このような遺言があった場合、遺言執行人は、法定相続分を超える遺産をその特定財産承継遺言により得た相続人に対し、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができます。具体的には、自動車の登録をその相続人の名義にすること、土地の登記をその相続人のために行うこと等が挙げられます。特定財産承継遺言で指定された遺言執行者は、その特定財産についてのみ処理を行うことができます。

 

 遺言執行についてさらに詳しく知りたい方は、リンク先の記事をご覧ください。

 

 これから遺言書を作成しようとしている方は、お近くの士業の先生(行政書士又は司法書士、場合によっては弁護士)に相談されてみてはいかがでしょうか。

より、まずはお気軽にご相談ください